税理士法人ゼロベース共同代表の渡辺です。
当事務所が掲げる「ゼロベース」という言葉。これは単に何もかもゼロから始めるという意味ではなく、世の中の「当たり前」や「常識」を一度立ち止まって疑い、「そもそも、なぜこうなっているんだろう?」と本質を考える姿勢を大切にしたい、という思いが込められています。
特に、僕がゼロベースを立ち上げた当初、まさにこの「当たり前を疑う」ことからスタートしたのが、「顧問料」という会計事務所のビジネスモデルでした。
監査法人から見た「会計事務所の当たり前」への疑問
僕はキャリアのスタートを監査法人トーマツで過ごしました。そこでは、上場企業のような大規模なクライアントの監査に携わり、億単位、兆単位という大きな数字を扱っていました。監査は企業の「あるべき姿」を追求し、数字を通して会社を深く理解する仕事でした。
しかし、扱っている数字の金額感が大きすぎて、どこか地に足がついていない感覚もありました。「もっと中小企業の、生きた経営の数字に触れたい」「自分が持っている会計や税務の知識が、悩みを抱える中小企業の社長にどう役立つのかを知りたい」という思いが強くなっていきました。これが、独立を考えるようになった大きな理由の一つです。
そして2014年に独立し、会計事務所を始めようと思った時、まず最初に疑問にぶつかったのが「顧問料」でした。他の会計事務所のウェブサイトを見ると、多くの事務所が顧問料と決算料を組み合わせたサービスを提供しています。ですが、「そもそも顧問料って、何に対する費用なんだろう?」その意味が、僕にはよく分からなかったのです。
監査法人で見てきた大企業であれば、新しい取引や複雑な税務判断が必要な場面が多く、それに対する専門的な助言に顧問料が発生するのは理解できます。でも、中小企業、特に街の小さな会社の日常に、そこまで頻繁に専門的な助言が必要になる場面があるのだろうか?書類の書き方や簡単な雇用関係の疑問なら、今はインターネットで調べれば多くの情報が得られますし、税務署に聞けば無料で教えてもらえることもあります。
知り合いの会計士や税理士の先生に聞いても、「決算料の前払い」「仕訳のチェック」「最新情報の提供」「質問対応」といった答えが返ってくるだけでした。もちろん、これらも必要なサービスでしょう。しかし、それらに「顧問料」として包括的に費用をいただくことの「意味」や「価値」が、どうにも腑に落ちなかったのです。
「顧問料を前提としない」モデルへの挑戦と気づき
納得がいかないまま、従来の顧問料体系を採用するのは自分のゼロベースの考え方に反する。そう思い、僕は開業当初、「顧問料を前提としない会計事務所」というキャッチフレーズでスタートしました。
具体的に考えたモデルは、まず最初の3ヶ月でクラウド会計ソフトfreeeの基本的な使い方、特に月次決算のやり方を徹底的にレクチャーし、その後の会計帳簿入力はお客様自身に行っていただく、というものでした。freeeは複式簿記の知識がなくても使いやすいように作られていますから、これならできるはずだ、と考えたのです。そして、決算期に帳簿をチェックし、申告をサポートするという形です。もし入力に不備が多ければ追加費用をいただく、というルールにしました。
この「顧問料を前提としない」というコンセプトや、クラウド会計にいち早く着手したことが、当時の市場では珍しく、幸いなことに多くの方に興味を持っていただき、初期のクライアントが増えました。
しかし、このモデルを3年間続けていくうちに、いくつかの重要なことに気づかされました。
一つは、freeeは使いやすいとはいえ、経理の経験がない方が正確に継続して入力し続けるのは、想像以上に難しいということでした。そして何より大きかったのは、お客様が会計事務所に求めるのは、単なる入力代行や調べれば分かる情報の提供だけではない、ということでした。
多くのお客様は、自分たちで調べたり考えたりしたことに対して、「これで合っているのか?」「大丈夫なのか?」という強い不安を抱えています。その答え合わせをしたい、プロに「大丈夫だ」と言ってもらって安心したい、というニーズが非常に高いことを痛感しました。また、数字を見ることで、今の経営状況が良いのか悪いのか、次に何をすべきなのか、といった判断のサポートを求めている、ということも改めて理解しました。
まるで「数字の読める占い師」のように、客観的な数字に基づいて現状を評価し、未来の可能性やリスクを示唆してくれる存在。その価値に対して、お客様は対価、つまり顧問料を支払うことに意味を見出していたのです。
僕自身も、このモデルでは正直なところ「食い扶持に困る」という現実的な問題に直面しました。そして、お客様が「顧問になってほしい」と求めてくださるその理由に、顧問料の本当の意義があるのだと気づいたのです。それは、単なる作業の対価ではなく、経営者が抱える漠然とした不安を解消し、安心感を与え、次の一手を打つための伴走をすることに対する対価なのです。
「ゼロベース」で問い続けたからこそ見えた、顧問料の本当の価値
「顧問料を前提としない」という挑戦は、会計事務所の「当たり前」を疑い、その価値をゼロベースで問い直した結果たどり着いた実験でした。そして、その実験を通して、顧問料というものに、僕が当初考えていた以上の、お客様にとって非常に重要な「安心」や「伴走」といった価値が含まれていることを学びました。
もちろん、今でも全てのクライアントに画一的な顧問料をお願いしているわけではありませんし、提供するサービス内容もクライアントのニーズに合わせてカスタマイズしています。無駄なやり取りや非効率な作業をなくし、「本当にクライアントに必要なことは何か?」を常に問い続けるゼロベースの姿勢は変わりません。
この経験から得られたのは、世の中の「当たり前」は、それが生まれた背景や理由が必ずある、ということ。そして、それを深く理解するためには、一度立ち止まって「なぜ?」と問い直し、時には自ら実験してみることが大切だ、ということです。
これからも税理士法人ゼロベースは、既成概念に囚われず、お客様にとって、そして働く仲間にとって、真に価値のあるサービスや環境とは何かを「ゼロベース」で問い続け、挑戦を続けていきます。